2014年12月28日日曜日

恍惚一座 公演情報。


高槻シニア劇団 恍惚一座 CTTセレクション参加作品

『ぼ・ら・え・き』




2014年12月 アトリエ劇研にて



演出=うっとりーず
脚本=あるふ
出演:あるふ、上村けいこ、大町耕治、島勝美、杉岡浩子、望月重貴、望月昌子、
協力:上西千恵子、田中賢一、中井香奈江、西川惠美子、ふじむらみつゑ、山田麻理、山地美子
半世紀以上も生きてきた我々ですが、芝居の世界ではまだまだ「ひよっ子」です。
そんな演技のテク不足な我々が、あり余るほどの人生経験を武器に、無謀にもCTTセレクションに挑むことになりました。
こんな年の瀬の忙しい時期に劇場まで足を運んでいただいた皆様に楽しんでいただけるようなお芝居をお贈りしたいと思っています。
そして・・・ 
良いお年をお迎えください!
■日時
12月27日(土) 19:00
12月28日(日) 15:00
■場所
アトリエ劇研 (京都市左京区下鴨塚本町1)
■上演協力金
前売・当日とも 1500円

詳しくはCTT事務局でご確認ください。

2014年12月27日土曜日

脚本の中の役柄という他人との付き合い方。

12月23日 恍惚一座

脚本分析の中でも役柄の目的に焦点をあてて稽古を進めています。

座学が多くなってきていますが、今日は久しぶりに立っての稽古。

秘密の目的というインプロのワークをしました。

ペアになって相手の関係性から発想した秘密の目的を決めます。

相手は自分の目的を知りません。

その目的を引き出すために、限定しすぎず、もちろん目的そのものを言うことなく外堀から情報を出していって互いに探り合っていきます。

互いに探り合うということはある種の協力関係が必要になります。

相手が言ってきたことや問いかけに対して、わからないであるとかそんなことないと否定的な態度で接していくと目的を引き出すことは困難になっていきます。

相手のことをしっかり観察し、肯定的に受け止め、その場で生まれてくるもので演じていきます。

そして目的を探るというゲーム的要素を進めつつ、即興ドラマとして役柄を演じ続け相手役とシーンを作り上げることも同時に行わなければなりません。

どうしても目的を当てるというところに注意が注がれすぎて、目の前やり取りがおろそかになる傾向がありました。

というわけで完全にゲームとしてのワークを。

イルカの調教というもので、調教師役がイルカにさせたいこと(自分の手を握る、机の上のものを取って運ぶなどの目的)を決めます。

つまりこちらもイルカ役は自分の目的がわからないわけです。

この目的にそっている行動に対しては「クンクン」と、目的から離れたら「かわいいねぇ」と言ってイルカに伝えます。

目的が何かを取るだったとして、目の前にあって視界に入っているはずなのにまったく気づけないということが起こります。

つまりは最初から勝手に選択肢から抜け落ちてしまっているのです。

これを指して固定観念と呼ぶのだなとみんなで納得しました。

舞台の演技においてもこういったことはよく起こります。

この役は悲しんでいるに違いない、このシーンは喧嘩しているのだ。

まずは決めることは大切です。

しかしそれにこだわり続けることは危険です。

答えが一つになってしまうことは面白味が限定されることでもあるからです。

このワークでは確かに目的はひとつです。

このためそれに至るまでに明確なトライ&エラーが繰り広げられます。

答えを導くとともに、このトライ&エラーの中から生まれたものたちもとても魅力的です。

脚本分析の中で役柄の目的をさぐる時、実は役者はその目的を分かっていません。

脚本の中に隠されている“秘密の目的”を外堀の情報を頼りに役柄と対話しながら探っていく。

固定観念にとらわれず、トライ&エラーを繰り返す。

少しずつ役柄との付き合い方が見えてきました。

2014年12月17日水曜日

配役を変えての新たな創作。

12月16日 そよ風ペダル

モロモロウロウロの創作準備が進んでいます。

脚本をどうするかを話し合ってきましたが、決めなければならない大事なことが残っておりました。

再演するにあたり、配役をかえるということになっております。

そこで今日の稽古はいろいろな配役で立ち稽古をしてみるということに。


基本的に誰がどの役をやっても魅力があるということを筒井さんは言われていて。

これまでの積み重ねてきたことにより、どんな役であっても自分のものにできる技術がみなさんに培われてきた証拠です。

本当に今回の配役決定は難しいのではないかと感じています。

選択肢が多い分、決め難いのではないでしょうか。

これまでは高槻現代劇場の集会室など、劇場でないところで講演してきたわけですが、全国シニア演劇大会は仙台の日立システムズホールのシアターホールになります。

客席も広いのですが、舞台も広いです。

もしかすると少し声を大きく出すようにしておいたほうがいいかもという話が出ました。

筒井さんからはそれもさることながら、俳優修業の稽古のときに言っていたセリフのテンポについて再度がんばってくださいと。

前の人のセリフと自分のセリフの間の妙な間をなくしていく。

これをするだけでセリフは格段と伝わって話もわかりやすくなります。

大きな声のことで思い出しましたが、以前のそよ風ペダルの
発声の稽古で部屋の隅と隅に離れて互いに挨拶をして、それと同じ声量で近くで挨拶しあうというのをやりました。

大きな声量で違和感なく会話するというワークはすでにしているのだなと。

そよ風ペダルの年内の稽古は今日まででした。

年明けももう少し配役の稽古をするかもしれませんが、本格的なモロモロウロウロの稽古が始まります。

それに備えて今はゆっくり休みましょう。

脚本分析から役柄を創作する。

12月16日 恍惚一座

シニア劇団には珍しく座学の稽古をしています。

前回は役柄の目的と関係性について掘り下げました。

同様の流れで脚本分析のやり方が山口さんから解説されていきました。

ポイントは4つ。

①共感(役の背骨)
役柄と自分のあいだで共感できる要素、共通する性質をさがす。→役柄と自分の実感や体験をつなぐ。

②目的
そのシーンでの無意識下での目的をさぐる→奥に肯定的で具体的に実行できるいきすぎた目的で、その場面に登場している理由や動機を強くする。

③秘密
誰にも言えない秘密を作る。→役柄を演じるモチベーションとなる。

④成長 ・変化
スルーラインを見極める。→最初の状態から、どこで変化があり最終的にどうなるかをさぐる。

山口さんから例え話を交えながらポイントの話を聞いた後に前回のように役柄で集まって秘密の部分を話し合いました。

通常なら作品創作のときに役柄を演じるのは自分一人なわけで、同じ立場で話し合いができることはないわけで。

話し合いながら役柄を考えるというのは、とても稀な体験です。

自分の思いもよらなかった考えが相手の話に刺激されて生まれてきます。

脚本はただセリフが書いてあった、それを覚えてしまえば演技ができるというものではないということがしっかりと実感できた稽古でした。


2014年12月14日日曜日

目的と関係から役柄を読み解く方法。

12月9日 恍惚一座

脚本解釈の稽古を進めています。

前回扱ったシーンで配役を決めまして、読み合わせののち同じ役同士で集まって話し合い。

その役柄のこのシーンでの表の目的と真の目的を決める。

その役柄がこのシーンに登場する役柄をどう思っているか、その関係性を決める。

例えばですが、私は今ブログを書きあげることが表の目的だとして、真の目的はなんでしょう。

暇つぶしのためなのか、仕事のためなのか、シニア劇団の魅力を伝えるためなのか、ただただ文章を書くことが好きだからなのか、稽古内容を解説し劇団員の振り返りに役立てるためなのか。

シーンの中で表の目的も真の目的もどこに視点を向けるかでいろいろ考えられます。

つまり前例で話すなら暇つぶしのためか、仕事のためかでブログの書き方や、パソコンに向かう姿勢・座り方、そして書かれた内容も変わってくるでしょう。

このことを脚本解釈として考えるなら、目的の変化に同じセリフが書かれていても喋り方、立ち方、動き方といった演技が変わるのです。

誰かとの会話のシーンでその人と話すことを目的としているか、話したくないことを隠すことを目的とするかでは演技が変わります。

役柄がどんな目的なのかは、実はわかりません。

答えのあるものではないので、無限に可能性があります。

よくよく考えれば、いつでも目的を明確にして人は生活していません。

ここで大事なのはとにかく一つに決めてみるということです。

曖昧でわからないことをわかりやすいことに決めてみる、それが創造するということではないでしょうか。

自分の演じる役柄が他の役柄をどう感じているかを考えることは、脚本の中に隠された行動を探し出す助けになります。

自分の演じる役柄がある役柄を嫌っていると思ったならその根拠となる台詞や行動があるはずです。

少なくとも根拠になっている台詞や行動に関しては明確な意味を持って演技をすることができます。

他の演技に関しても関係が決まってしませば、それを根拠に演技を作っていけるかもしれません。

好悪で関係性を考えましたが、関係を考える観点はいろいろあります。

力関係や新密度や社会的立場、その他にもいろいろありそうです。


様々な観点から役柄どおしの関係を決めていければ、その分演技のやり方も変化していきそうです。

まずは決めることが大切です。

曖昧なままでは演技ができませんから。

しかし決めたことに固執することはありません。

違うなと違和感を感じたならすぐに別の演技に切り替えればいいのです。

回り道をすればするほど、演技はより深く説得力を持ったものになるでしょう。

いつもならこの試行錯誤を役者ひとりで行うのですが、今日は話し合いの中で共有していきました。

思いもよらない目的や関係があらわれてきて興味深かったです。

これを踏まえて、来週は立ち稽古に入ります。


2014年12月13日土曜日

茫然自失からの再発見。

12月2日 そよ風ペダル

前回で作品の全てが出そろったと書きましたが、すいません、そうではありませんでした。

失踪した深沢の記録が見つかるシーンがありました。

そうでした、過去が今に迫ってくる作品なのでした。

常に今を生きているわけですが、いつ何時この目の前にある今が変化し失われるかわかりません。

ただでさえ昨今は変化が目まぐるしく、そのスピードが上がってきています。

日々の中に刺激的で興味をひくものがあふれています。

自分を取り巻くものに目移りしてしまい、今自分が本当に何をしたいのかを忘れてしまっているような感覚を覚えて当惑してしまします。

つまりは茫然自失。

失踪した男の過去の記録を見ることは、失った自分の記録を振り返る事でもあるのではないでしょうか。

誰かの思い出の話を聞いたり読んだりした時、同時に自分の思い出も回想されて忘れていた自分自身を再発見することはないでしょうか。

モロモロウロウロ、それは喪失と悼みの作品だと思っていました。

しかし同時に再発見からの肯定や祝福の話なのかもしれません。

こんな事をユーモアに変えてなんなら爽快に描けるのがそよ風ペダルという劇団の強みです。

脚本完成は年明けで、そこから本格稽古の開始です。

自分達で創作し、自分たちで責任を負う。

12月2日 恍惚一座

アップとしての椅子取りゲームが定着しつつあります。

繰り返しおこなってきたことにより、段々とコツがわかってきたようです。

鬼の意識がどこにあるのかを、目線や体の向きからさぐって周りと協力して動く。

言葉では簡単ですが、みなさん体験を通して何かを掴んでいかれています。


脚本稽古は新たなページを山口さんが指定されての読み合わせ。

12月中はチームにわかれてこのシーンを掘り下げるとのことです。


今日の稽古のメインはCTT参加作品の創作です。

前回のCTT参加で好評価を得て、セレクションに参加することになりました。

色々な都合で今回は劇団の中で有志を募っての参加となります。

脚本、演出、出演まで、全てこの有志メンバーで動かしていきます。

この先にシニア劇団の目指すべき理想形があるように思うのです。

メンバーが意欲を持って自立して創作し、作品の最終的な責任も背負う。

それでこそ体験できる、成長できる気づきが生まれるのでしょう。

有志メンバーの思いとして、参加できない他のメンバーにも関わってほしいと。

そこで作品の中でエキストラ役が用意されました。

今日はこのエキストラが関わっているシーンを創作していきます。

作品タイトルは「ぼ・ら・え・き」。

ボランティアエキストラの略でエキストラをモチーフに、テレビ撮影現場の裏側で起こる人間ドラマを描きます。

作品の中でやれることはまだまだありますが、順調に創作が進んでいます。

年末本番ですが、よろしければアトリエ劇研までお越しください。

2014年11月29日土曜日

久しぶりのダンス、体の記憶。

11月26日 そよ風ペダル

モロモロウロウロの脚本作り直しを進めています。

今日出されたシーンで作品全編について読んで話し合った事になったはず。

そして公演の情報公開がすでにされているようです。
↓↓↓
http://senior-engeki.net/

第3回全国シニア演劇大会in仙台に参加します。

演劇大会ゆえに上演時間が限られておりまして、90分?くらいだったかの作品を半分の45分に作り直そうとしているのです。

モロモロウロウロというのは、前回のチラシに掲載されているように登山仲間の深沢が一人で登り慣れた山で行方不明になる話なのです。

取り残された人々はもやもやとした気持ちを扱いかねながらどう向き合っていくのかの物語です。

このブログでも語ってきましたが喪失感を扱った物語です。

そして今日扱ったシーンがこのテーマについて直接語られているナイーブでデリケートなところでした。

しかしその議論はすでにこれまでの稽古でされつくされていたようで、どう短くするかといった具体的な話がなされていきました。

そして作品の目玉であるダンス。

今日はダンスの構成をホワイトボードに書きだして久しぶりに踊ってみました。

このフリはこうだった、いやああだったと大変にぎやかに。

でも体を動かしてみると、すごいですね、案外に覚えているものです。

まあ綺麗に踊るには時間がかかりそうですが(特に後半の大技。前回も苦労しました)なんとかなりそうな予感がします。

試演会を含め三度目のモロモロウロウロです。

まずは動いてみる。答えはあとからついてくる。

11月25日 恍惚一座

前回やったゲームを引き続きおこないました。

椅子取りゲームは前回なんだか上手くいかなかった印象でしたが。

鬼をやるにもコツがいるんじゃないかと。

ワークとしてやっているので、実は椅子をとることが目的ではないかもしれません。

うまくいき始めると、鬼の動きをきっかけにして周りが動き始めます。

まるで鬼が周りを操っているような感覚が得られて、ちょっとした全能感をです。

周りの人の意識のメインは実は鬼に注がれていて、周辺視野というか、皮膚感覚というかでぼんやりと他の周りの動きや状況の変化を捉えると上手くいくような。

頭では鬼に集中して、体で周りの状況を感じる。

意識と無意識というか、メインとサブというか呼び方は何でも良いのですが、ながら作業と言ったりマルチタスクと言ったりもしますが、同時にいろんな集中をできるようになること鍛えることができそうです。

脚本稽古が始まります。

今日は山口さんが指定した1ページを配役を決めて読み合わせをするところから。

そのページでの役柄の目的を話し合っていきます。

全員で目的や状況を確認したところでもう一度読み合わせを。

山口さん曰く、さっきの読み合わせと劇的に変わったりしないですよねと。

目的や状況から感情を想像して読み合わせをしてしまうと、思い入れたっぷりで日常会話からは乖離していきやり取りのテンポが悪くなります。

このあとテクニックとしてやり取りにテンポをつける為に相手のセリフの語尾にかぶせてしゃべるということをしました。

感情を込めず機械的にしたほうが、実は聞いている方はお話の内実を捉えやすいです。

そして本を読んでこんな感じで声を出せば良いだろうなというのとは、敢えて違う声の出し方をしてみる。

これも機械的なことに含まれると思うのですが、声を音と捉えて音量、高低、音質、前述のテンポを変えてみる。

そうすると予期しなかった発見があったりします。

例えば言い争っている状況を敢えて楽しげな声を出してみると、体面を繕っているように聞こえて逆に腹の底では本気で怒っているように聞こえてシーンが一層際立つ。

役柄の目的や置かれている状況、そこから導かれる感情みたいなものは、ではどこで表せばいいのでしょうか。

山口さんはアクションであると。

公演稽古において、立ち位置についての演出がよくなされます。

相手役との距離というのもひとつのアクションです。

近づいたり遠のいたりすることで見えることがあります。

動いたり止まったり、視線を使ったり呼吸を使ったり。

演技を決めるときに、まずは一般に段取りというものを決めていきます。

どのタイミングでどう動いてどこで止まってどんな体勢で誰にどんな声で話すかなどなど。

実は段取りを決めることの意味は、その動きをすることではなくて、そこから役柄の目的を明確にしていくことかもしれません。

そう動くことによって初めて役柄のことがわかってくる。

その目的さえ掴んでしまえば他の動きでも良いのかもしれません。

今日の稽古はちょっと難しい話になりましたが、演技においてとても大事なことです。

今月はこんな感じで稽古が進んでいきます。

だんだんと掴んでいければと思います。



2014年11月26日水曜日

これまでの成果、これからの経過。

11月18  そよ風ペダル
 
歌のことを全員で共有しました。
 
というわけで、今日の創作シーンは舞台上で歌詞についてて話し合うシーンと、ダンスの練習をしていくシーン。
 
作品の本質が表れてくるとても大切なシーンです。
 
決して演技を作るための稽古というわけではなく、脚本をどうするかのための稽古です。
 
配役も決まってないわけで、雰囲気をつかむため脚本を持ちながら 立ち稽古を進めています。
 
演技をどうこうはしていないのですが、すでに一度公演しているからか、みなさんが公演回数を重ねられたからか、演技のやりとりがしっかりなされています。
 
脚本完成は年明けを予定しているとなこと。
 
みなさんとしては早く本稽古を始めたいと。
 
筒井さん曰く、きっと短期間で創作しきれてしまうのではないかと。
 
今日の稽古を見ていると確かにと納得できます。
 
ただ配役は変わるのでセリフ覚えが早くできればという前提はありつつですが。
 
それは何度も繰り返せば大丈夫と端から見ている立場では気楽に言うのですが。
 
なんであれ、真摯に丁寧に創作していきましょう。
 

2014年11月18日火曜日

情念を稽古にとりいれる。

11月18日 恍惚一座
 
 
ラジオ体操の動画が上手く流れないので、アップ代わりのゲームを。
 
人数分の椅子に全員座り、鬼を一人決めます。
 
鬼は自分の座っていた椅子から遠いところからスタートして、空いている椅子に座りにいきます。
 
座っている人は鬼を座らせないように席を移動していく。
 
椅子とりゲームです。
 
鬼の位置と空いている席と周りの人の動きと、いろんなことを同時に意識しないといけません。
 
質の高いチームプレーがと言えば簡単ですが、具体的にどうすれば良いかが。
 
鬼がゆっくり動いても上手くいかなくて。
 
きっとコツがあるはず、考察したいところです。
 
先週の稽古で最初の数ページをやった沈黙です。
 
今日は最初から最後までみんなで読んで内容を把握します。
 
テーマがシリアスなのは先週で予想していましたが、キャラクターの描かれ方もなかなかに情念のこもっている作品です。
 
来週からこの脚本を使って稽古に入るわけですが。
 
このシリアスな作品、案外に恍惚一座にはまるかもしれません。
 
来週からの稽古が楽しみです。
 

2014年11月12日水曜日

road to Now Here.

11月11日 そよ風ペダル

モロモロウロウロ再考中。

前回の稽古で懸案になった、ダンスをする動機が生まれるシーンを筒井さんが書いてこられました。

読み合わせから立ち稽古につなげていきながら、その動機を掴んでいきます。

例の何人かが縦に並んで、顔で少しずつずれてぐるぐる回るダンスが実は大事なことになっていて。

人数がいないと成立しないダンスを一人で練習していたということ。

踊りのうまい下手と踊る必然性をわけて考えないと掴みきれない。

踊りたいかどうかは別にして、踊ることに意義は見いだせるのではないでしょうか。

その後ダンスする曲の歌詞を解釈し直します。

ダンス曲はトーキングヘッズのRoad To Nowhere。

この歌で描かれている事と、モロモロウロウロで描かれていることには共通する部分もあり。

それはプロモーションビデオにも含まれていると。


参考までにご覧ください。

そしてホワイトボードを使いながらの作品の本質が語られていきます。

不在の人、生きている人、死んでいる人が縦に並んで横軸が時間になります。

生きていることが有で死んでいることが無であるならば、この不在の人はなんなか、有なのか無なのか。

筒井さんからひとつの考えが提示されましたが、きっとそれは答えではないでしょう。

ただ創作を進める上でのそよ風ペダルの中での土台になるものです。

それぞれの答えを見い出していきましょう。


来るもの拒まず、去るもの追わず。

11月11日 恍惚一座
発声練習です!
公演稽古になって早い段階でなくなりましたが、先週に山口さんからの課題のひとつに声のことがあったわけで。
声量やら聞き取りやすさ。
天使を飛ばしたり、唇を震わせたり、腕を両方から引っ張られたり。
何事も積み重ねです。
これは稽古場だけでなく、お家でも練習したいところですが、近所迷惑にならない程度に。
続けて連想ゲームを。
アイコンタクトで連想した言葉をランダムに相手に託されていく。
セリフを相手に届けるということですが、これも先週の山口さんからの課題から考えるなら即興や反射的に対応すること。
舞台はナマモノですから、その瞬間その瞬間で何が起こるかわかりません。
稽古は積み重ねますが思わぬ演技が出てくることがあります。
そこにいい悪いはありませんが、対応できなくて場が止まってしまったら困ってしまいます。
相手から託された予期せぬ言葉を反射的に連想して言葉にする。
来たものを拒まず、引き留めず出していく。
単なるゲームに見えて奥深いのです。
そして、これからのメインの稽古は脚本を使って。
石原燃さんの沈黙。
死刑制度をテーマにしたなかなか社会派な作品です。
これも前回の山口さんからの課題で、脚本解釈に挑戦です。

そのシーンの目的と登場しているキャラクターの目的を読みといてみる。
チームにわかれて読みあわせしつつ、作品について話し合います。
まずはどんな場所か、舞台をどう設えるかから、キャラクターの立ち位置を決めていきます。
今日は最初の数ページを配って。
来週は作品すべてを読んでみます。
稽古が始まりました。

2014年11月9日日曜日

私たちはまた、踊れるのでしょうか。

11月4日 そよ風ペダル

モロモロウロウロ再考が続きます。

まずは筒井さんからの短くする箇所の提案。

シーンを何個か飛ばしつつ、折り込みつつ繋いだシーン展開を。

それとキーパーソンが語る独白を短くして。

実際に立って演じてみながら、どう見えるかを確認していきます。

みなさんも宿題として短くするやり方を考えてこられています。

どんな風に考えてカット作業をしたかを発表して話し合って。

議論が加熱したのはダンスについて。

最後はダンスで締めくくるわけですが、前回公演の時になぜダンスをすることになったのかが掴みきれなかったと。

話を聞いていて、確かにダンスが踊れるかどうかは(身体能力の意味でなく)作品の根幹に関わっているように感じました。

前回の記事でも書きましたが、私はモロモロウロウロの本質は喪失感だと思っています。

この喪失感を核にした作品がダンスで終わるということはどういうことでしょう。

作品の中では詳しく説明されていません。

さじ加減ですが、そこを言葉にしてしますのは野暮というものでしょう。

知って認識してもらいたいのではなく、感じて動いてもらいたいのですから。

知識ではなく感動を。

さておき、ダンスをする動機ということなんですが、それぞれ自由に考えてもらえればいいと思います。

動く機会なんていつでも人それぞれですから。

踊れなかったり踊りたくなかったりするかもしれません。

それはそれで持ち続けた上で、それでもなお踊るということさえも表現になるのですから。

踊らされたっていい。

ただ、踊ったということを最後に受け止められれば。

踊ったあとに何かが変わるのか、変わらないのか。

とにもかくにも今回も踊ります。

踊らないより踊った方が、しんどいかもしれないけれど楽しいですから。

私たちはまた、踊ります。

2014年11月8日土曜日

相手と自分の間にあるジレンマ。

11月4日 恍惚一座

公演後のお休みが終わりまして、久しぶりの稽古です。

実は一部の人たちは別で稽古をされているのですが。

4月に京都のCTTに参加しました。

お客さまからの投票があるわけですが、好成績を残しましてCTTセレクションに参加することになりました。

前回公演の打ち上げにて、参加についてどうするかの話合いがなされました。

稽古期間が少ないこと、講師の山口さんがCTTに向けて稽古をするとして、スケジュールの問題で多く関われないこと。

そんなこんなも撥ね退けて、有志メンバーによっての参加となりました。

脚本も演出もメンバーが中心になっておこない、山口さんは完全にアドバイザーに。

まさに挑戦です。

どんな仕上がりになるか、大変楽しみです。



本日の稽古は恒例の前回公演の振り返りです。

まずは山口さんから、前回公演を踏まえて次回に向かっての課題を4つ。

いかに台詞を自分のものしていくのか、など。

話し合いは進んでいき、上演時間が長かったのではないかと。

脚本段階で全部のキャラに見せ所を用意しようとすれば、その分長くなるのは仕方がないわけで。

といって、目立たないキャラクターになるのもつまらない。

お客様に楽しんでもらい満足してもらうのが、もちろん大前提なわけですが、そのためには負担になることも起こってきます。

せっかくやるのですから楽しんでいきたいという気持ちもあります。

人の為にあろうとする姿勢には、自己犠牲が伴ってしまうのでしょうか。

相手のためと自分のための間のジレンマ。

お客様との関係性から始まる話ですが、例えば相手役との関わり方という事にも通じていきそうな予感がします。

いろんな課題があるという事は、成長する機会があるという事です。

来週からまた本格的に稽古が始まります。


2014年10月28日火曜日

モロモロウロウロ、再考。

10月28日  そよ風ペダル
 
能院さんにまつわる稽古が続いていましたが、今日はまた別のところへ。
 
今日は読み合わせです。
 
ひさしぶりのモロモロウロウロ。
 
実は次はモロモロウロウロを作り直します。
 
どこでいつというのは、まだ情報公開が解禁されておりませんので控えるとして。
 
三回目のブラッシュアップです。
 
とても思い入れのある作品ですから。
 
確かに東北の震災のことも扱っています。
 
しかし、私の中での作品の本質は喪失感という普遍的なものを扱ったものだという印象です。
 
とにもかくにも、今日のところは配役をかえて読みあわせを。
 
作品を振り替えって新たにしていきます。
 
上演時間を短くせねばで。
 
シンプルにして、よりテーマを浮き彫りに。
 
みなさんの中にもいろんな思い入れがあるでしょうが、まずは客観的に作品と向き合いましょう。
 
 
 

2014年10月21日火曜日

高槻シニア撮影隊 そよ風キャラバン。

10月21日 そよ風ペダル
ビデオカメラを持ちながら。
遊んでいるわけではありません。
筒井さんが能院さんのエピソードがたくさん載っている本をコピーされてきました。
地の文がナレーションで語られ、登場する人物の台詞は、その人物になりきって喋ります。
つまりはエピソードを演技に立ち上げると。
さらにその立ち上がった作品を撮影しているという設定で、監督や助監督やカメラマンもいて。
撮影の中の作品の層と、撮影を実際に行っている層とがあるわけで。
この感じは本当に次回作がどのようになるか垣間見えましたね。
撮影している時もさることながら、準備しているときの話し合い(言い合い?)や思い通りに進まない感じが面白いですね。
次回作も期待できそうです。

2014年10月15日水曜日

カンカンになるってなんでしょう。

10月14日 そよ風ペダル
 
 
 
二週の休みと先週の街歩きで、現代劇場での稽古は久しぶりです。
 
ボール体操から始まるわけですが、なんだか新鮮です。
 
さて、話し合いから脚本エピソードを抽出しております。
 
今週は街歩きをふまえて。
 
納院さんの道の文章を筒井さんが資料としてまとめてみんなにコピー用紙で配付しました。
 
書かれている時代設定と今、実際に歩いてみての違いを
(例えば国鉄という言葉がJRだとか、坂道が階段になっていたり)みんなで確認して今の文章にしていきます。
 
そうやって歩いた道のりを振り返る。
 
思い出すということですね。
 
みんなでどうこう言いながらなので自分が気づかなかったこともあるかもしれません。
 
そうでなくても、あとから思い出すことによって新たな見え方が出てくるでしょう。
 
納院さんの道を自分達なりに新たにして、筒井さんからの質問。
 
本に書かれている納院さんの言葉、カンカンになれば良い歌ができると。
 
では、これまでにみなさんはカンカンになったことがありますかと。
 
話し合いのなかで、ではカンカンとはなんだろうと。
 
カンカンに怒るとも言いますし。
 
こういうことではないかと意見がでます。
 
みなさんそれぞれに自分なりのカンカンがあるわけで。
 
でもそのすべてがここに書かれているカンカンで良いのではないか。
 
まあわかりやすくは無我夢中かしらと言う話で。
 
話を聞きながら、命懸けとうということかなと感じたり。
 
懸命、一生懸命。
 
簡単に一生懸命と言っていますが、それをカンカンといってしまうと少し印章が変わる気がします。
 
私はいま、このシニア劇団にカンカンになっているという話で。
 
つまりはそよ風ペダルは納院さんなわけですね。
 
カンカンで演劇を作っていくのです。
 

2014年10月12日日曜日

フィールドワークから作品をつくろう!

10月7日 そよ風ペダル

今日の稽古場は現代劇場ではありません。


JR高槻駅の改札口に集合です。

何事かと言いますと、以前に稽古場で読まれた能因さんの道という絵本を読みました。

平安時代の僧侶であり歌人である能因さんの高槻の古曽部に居住していたと。

本日は古代ロマンを訪ねて、高槻で街歩きをと。

街歩きのしおりが用意されていてびっくりです。

集合しましてまずは、天神山遺跡へ。

2014年9月28日日曜日

高槻シニア劇団 恍惚一座 第2回本公演



『カヌー・ラジオ』


2014年9月 高槻現代劇場にて
kanuradio-round.jpg
脚本=伊地知克介
演出=山口茜

本は扉
本は翼
本は命
本はカナリヤ
そしてたぶん、本は大きな船

出演:あるふ、上西千恵子、上村けいこ、大町耕治、島勝美、
杉岡浩子、田中賢一、西川惠美子、ふじむらみつゑ、三田ゆうこ、
望月重貴、望月昌子、森田京子、山地美子
■日時
9月27日(土) 14:00
9月28日(日) 11:00/15:30
※開場は開演の30分前
■場所
高槻現代劇場 305号室(高槻市野見町2-33文化ホール3階)
■料金
前売り・当日とも1500円 シニア料金1000円(50才以上) 日時指定
*チケット完売の場合、当日券は販売しません。
今夜のトコハ市中央図書館は大騒ぎ。
図書館前の日時計はいたずらされるし、
子どもから預かったぬいぐるみはなくなるし、
副館長は頑張って書いた小説のせいで館長との間に亀裂、
せっかくのビブリオバトル・クラブの稽古には暗いムードが漂い、
新任司書にはストーカーの魔の手?が……。
助けて、お願い。
でもみんなに本を読んでほしいんだよね。ホントに。
それは、素晴らしい『乗り物』だから。
■チケット取扱い
高槻現代劇場(〒569-0077  大阪府高槻市野見町2-33)
電話 072-671-9999(10:00~17:00)
高槻現代劇場HPからもお求めいただけます。
発売日【一般・友の会とも8月10日(日)】
窓口・web 10:00~ / 電話14:00~

2014年9月27日土曜日

カヌーラジオ、小屋入り。

9月25日 恍惚一座
 
カヌーラジオの正式の最終稽古は
いつもの火曜日ではなくて
小屋入りしての木曜日となりました。
火曜日は山口さんなしの自主練習になりましたので。
当然小屋入りしているので
アシスタントの私は舞台設営にまわり稽古は見れていませんが
ここにきてエンディングの変更が入ります。
細かく段取りをつめていって
最終通しです。
本番も含めて通して稽古できる回数もわかってきて。
一回一回が大事になってきます。
最高の状態でお届けできるように。
楽しんでいきます。
楽しんでください。

2014年9月19日金曜日

自慢話と苦労話。

9月16日 そよ風ペダル

次回公演の脚本作成のための稽古が続いています。
そしてそれは、自分達でお話をつくる方法の模索とも言えます。
誰かに伝えたいことというのが、つまりは物語を紡ぐ原型になるわけで。
それをいかにしてエピソードとして抽出し
ストーリーにまで昇華するのか。
そういった作業を続けているのだと思います。
今週は自慢話と苦労話をしようと。
最初はこれまでの人生の中での一番の自慢の話をする。
それを受けて周りの人が私のほうがもっとすごいとと嘘の自慢話をして。
さらに私はと展開していく。
つまりは話を広げていくということ。
この話を広げていくというのがくせ者で。
並列した別の話が連なっていくところにとどまっている事が多かったようです。
どれだけ無責任に嘘の話を繰り広げられるか。
そしてどんな話なら上手い嘘がつけそうだという嗅覚も必要なようで。
ただそれはさておき、並列であれ語られたお話は興味深く。
おそらく本当の話なのでしょうが、だからこそグッとくるのです。
どちらかというと個人的には苦労話が全般的に面白かったような。
苦労話は聞いていてためになることが多かったような。
でもあくまでも課題は話を広げていけるように。
うそつきの素養を鍛えましょう。





2014年9月16日火曜日

空白を埋める。

9月16日 恍惚一座
 
公演間近なわけで、
スタッフさんも交えての通し稽古。
前の人のセリフにかぶせて、
喋りはじめの空白を埋めていく。
つまりはテンポを意識しながら演技していくということ。
結果としては上演時間が約15分縮まりました。
完全に一皮剥けましたね。
セリフをかぶせるというのは
技術としての話になってきます。
実は本質は聞くということなんですが。
セリフの終わりを機械的に捉えるのではなく
自分の発話したいという動機が
どんなきっかけで生まれるかを探ることです。
故に相手の話を聞くということになるのです。
場合によっては相手のセリフの途中であっても
喋りたいというきっかけがきたならば
話してしまった方がやりとりは伝わりやすくなります。
割り込まれた相手役は辻褄があうならば
前に話を進めていきたいところ。
欲張るならば自分だけでなく
相手のセリフも把握できていれば。
飛躍しました。
これから詰め込みましょう。
 

2014年9月15日月曜日

物語をつむぐ。

9月9日 そよ風ペダル
 
今日の稽古は脚本創作からシーン創作までをおこないます。
半々にチームでわかれて
まずは民話のようなお話しを作ります。
一人ワンセンテンスで話を膨らませていき
4周目の終わりでオチをつける。
4周目になってからの意識の変化が楽しいです。
そうやってできたお話を
もう1つのチームが配役を決めて
シーンに立ち上げていきます。
全員で話の筋は共有していますが
どんなタイミングで何をしゃべるかは
その場のやりとりで生み出していきます。
お話の中では語られなかった部分が出てきたり。
シーン立ち上げ前に筒井さんから
この話の核はなんでしょうねという問いかけがあり。
それゆえかシーンが見やすくなっています。
役者であっても演技をする上で
演出能力だけでなく
物語を紡ぐ能力も求められます。
今立ち上げている作品が
どんなお話かを把握できていれば
できる演技も変わってくるでしょう。
難しいことはさておき
今日作ったお話、とても面白かったです。
 
 
 
 
 
 

物事の一番大事な部分。

9月9日 恍惚一座

本番に向けての稽古が進んでいます。
劇団員だけの自主練習もおこなわれており、
そこから新たなアイデアが生まれ
山口さんに提案されるといったこともおこっています。

シーンを創作していて、果たして見ている人に伝わるのかという疑問が起こっているようです。
わかりやすくするためにこうした方がというアイデアもあります。
しかし、ひとまず立ち止まって落ち着いて考えてみるならば
役者が脚本を読んで、もしくは演じていてわかっている事ならば
見ている側にだって伝わります。

そしてわかりやすさと作品の面白さとは
直結するわけではないというところが難しいところで。
例えばミステリー小説で、トリックや犯人や動機が最初から全部わかっていたとして
それは面白いでしょうか?読者は読みたいと思うでしょうか?
例外もあります。
全部わかっているが、探偵役と犯人役の関係や駆け引きでみせていくということもあります。
そこにおいても、この駆け引きの推移がわからないこととして残っています。

わからないことが何のためにあるのかというと
見ている側の好奇心への刺激と
答えを発見する喜びのためにあります。
これが作品の面白さに繋がっていくのでしょう。

役者に求められることは、いかに隠していくか
秘密を増やしていくかということではないかと思います。
お笑いやマジックでネタという言葉が使われます。
もとはタネ(種)からきていて、逆読みしているわけですが
「物事の一番大事な部分」という意味だそうです。
一番大事な部分というのは往々にして隠されています。
ネタばらしという言葉もありますが
本当はばらされることなく楽しむものなのかもしれません。
演じ手と観客の間でネタがばれるかばれないかという駆け引きをしているわけです。
しかしわかりにくくし過ぎると、それがネタだということにさえも気づいてもらえないという。
それは山口さんが演出していくとして。

わかりにくい作品を作っているわけではありません。
ネタの豊富な作品を作っています。
カヌー・ラジオ、ご期待ください。

2014年9月6日土曜日

手書きの地図。

9月2日 そよ風ペダル
前回、時間が足りなかったりお休みだった人で
道案内の即興ワークをしました。
そのあとに本格的に今日のワークに入ります。

みんなで駅から現代劇場までの地図を作ってみよう。
ホワイトボードに高槻市駅と現代劇場の間にある国道171号線が書かれます。
ここに道なり建物を一人一手ずつ入れていきます。少しずつ書き足されていくことによって、道のりが目の前にできあがっていきます。
前の人の書き込みがヒントになって新たな思い付きがあったり、
意表をつく書き込みに、あぁあったねと感嘆したり。
目の前でただ手書きの地図ができあがっていくだけなのですが
今まで知らなかった街の風景が広がっていくようで
とても新鮮で不思議な体験でした。
2枚目の画像が今日のところのできあがりです。
もっと時間があれば詳しく作り込めたようにも思いますが。
帰り道で、なんだか周りを気にしながら歩いている自分を見つけました。

不安を解消しない。

9月2日 恍惚一座

本日はスタッフ見せとともに、
初めて本番の会場である305号室での稽古になります。
もちろん通し稽古になるわけですが
舞台裏を使ってみて気付くことはたくさんあります。
例えば舞台上の声が裏にいると聞こえないであるとか。
舞台に出るタイミングが微妙にずれてくるであるとか。
本番が近付くにつれて、どうしたって不安感は募ってきます。
稽古を繰り返せばなくなる部分もありますが
いつまでたっても消えない不安もあります。
不安を失くさねばと躍起になるのも違う気がしています。
例えば演劇においては、安定した予定調和な演技ではなかなか面白くなりません。
未来がわかってしっているように見えると
途端に嘘っぽくなります。
その為に敢えて役者は、演技の中に不確定な要素を残すこともあります。
不安があるということは創作の現場では、ネガティブなことではということです。
おそらく不安に押しつぶされそうになることもあるでしょう。
それが逆に原動力になっていきます。
不安と共に創作を続けていきましょう。


2014年9月1日月曜日

道案内。

8月26日 そよ風ペダル

能院さんのお話をきっかけに
道のりにこだわった稽古が続いています。
今日は単純に道案内をするということ。


道を聞く人と教えてあげる人が二人前に出て。
道を聞く人はこっそりと筒井さんからどこに行きたいかを告げられます。
これをとっかかりとして、道案内をしている模様を即興で演じていきます。
道案内という同じことをしているはずなのに、
ペアによってまったく別のやりとりが繰り広げられ、
そしてこんなに自然体で演技できるのかととても興味深い稽古でした。
画像で見て分かる通り、自然と動きが出てきていて
その動きもひとつ興味深いなと。
単純ですがとても良い稽古でした。

2014年8月27日水曜日

通過点。

8月26日 恍惚一座

シーン稽古を経まして、今日は通し稽古です。
セリフが抜けてしまうのはさておいて、
少しずつ作品ができ上がっています。
通過点としてはまずまずでしょう。
終わった後に山口さんから細かな演技の提案も交えつつ。
どうしたって稽古時間が足りないのではないかと気に病
んでしまいます。
みんなで時間を調整して自主練習の日程を決めて。
本番が近づいて来ての緊張感ですね。
しかし恍惚一座の売りはのびのびとしていることです。
焦らず自信を持って稽古をしていきましょう。
いろんなアイデアが積み重なって素敵な作品になる予感がしています。
残り一ヶ月、精一杯で創作していきましょう。

2014年8月19日火曜日

思い出の道のり。

8月19日 そよ風ペダル
 
高槻の民話を集めるというようなことをしてきました。
その中で能院さんの足跡を追った本を共有しました。
そこで今日はみなさんの足跡を辿ります。
思い出の道のりをみんなの前で発表しました。
道のりなのでスタートからゴールまでがあって
その間の光景などを話ながら
聞いている方も同じようにその光景を思い描く。
語るなかで思い出したことがあれば話がそれていっても大丈夫。
どちらかというとそこから面白いエピソードが出てくるわけで。
なんの準備もせず、気の赴くままみなさん語られていきます。
いきいきと何とも面白い話が聞けて。
とても充実した時間でした。
 

チャレンジ精神。

8月19日 恍惚一座
 
まだ発表はできませんが
9月の本番あと、比較的すぐに新たなイベントのお話が。
まだどうなるかわかりませんが。
ちょっと時間をとって、本番後にどんな風に活動していくかの話し合いから。
恍惚一座がどんな劇団になっていくか。
根幹に関わる話し合いでした。
常にチャレンジしていくこと。
はじめから自信があることなんてあるわけがないわけで。
なんだと言えば、なんの経験がなくても、
ただお芝居をはじめてみたいという思いから
みなさんは恍惚一座に参加されました。
不安と期待を勇気に変えて、いまここにいらっしゃるわけで。
すでに勇気を出してチャレンジした経験があるので、
また同じように新たなことに対して飛び込んでいけたら。
なんにしても、話が決まったら改めて発表します。
 
シーン稽古が続いています。
今日で一通りあたり終わりまして。
お昼からの自主練習では通し稽古を。
基礎はできてきた感じですが、まだまだいけます。
いろんなところに伸びしろがあります。
ただただチャレンジしていくのみですね。
 

2014年8月12日火曜日

イエスVSノー。

8月12日 そよ風ペダル
 
エピソード作りを続けています。
前回までで出てきたエピソードをお題に賛成派と反対派で討論することでさらに内容を深め広げていきます。
モロモロウロウロの創作をしていた頃にも
同じ方法でエピソードを掘り起こしました。
以前よりも話題の盛り上がり方が変わってきたような。
お題に対して反対派として話しているが、本心は賛成だと。
つまりはここから演技が始まっている。
以前と比べての変化はつまりみなさんの演技が変わってきた証しでしょう。
 
さておき討論会です。
お題と出てきた意見を。
 
 
Qコミカルな芝居をしたいか?
反対派:現時点での演技力が足りない、基本ができてから。
賛成派:演技はできてる、演出家もいて指導もあるし、難しいからこそこそやりたい。
 
 
Q意地悪じいさんばあさんになりたいか?
 
意地悪の定義。頑固とか他の言い方になるのでは?
賛成派:死んでせいせいしたと言われたい。
反対派:相手を思って小うるさいことを言うのは意地悪と嫌われても意地悪じゃない。
 
 
Q過去の恋愛話をしたいか。
 
賛成であれ反対であれ恋愛は美しいというのが前提。
賛成派:美しいからこそ言いたい。
反対派:大切に胸に秘めたい。
 
 
Qその他大勢になりたいか?
賛成派:責任ないし、実際は支えている。
反対派:今がその他大勢やから憧れる。
 
 
次回公演のためのエピソード集めなので
メモなりビデオ撮影なりしていますが
同時多発で会話が進行するわけで。
聞き取って残していくのがなかなか難しく。
それだけ盛り上がったということなのですが。
本当に楽しかったです。

トライ&エラー。

8月12日 恍惚一座
 
まずは今回の特別出演者のオーディションから。
画像はみごと出演することになったかわいいいやつらです。
男性役者が不用意に頭を持ってしまう度に注意が入るわけで。
いるだけでなかなかのいい演技をしております。
 
冗談はこの辺にして、真面目にシーン稽古が進みます。
自主練習がはじまり、今日だけで7時間の稽古です。
どうしても脚本を持っているので難しいのですが
ここシーンでは脚本から離れて相手を見て、どんな演技になるかさぐってみてくださいと。
細かな演技にこだわってのシーン作りが始まりました。
やってみてうまくいかなくて、
知恵を出しあって解決していく。
何度もトライ&エラーを繰り返します。
何かがカタチになり始めました。
まあ、セリフ覚えはもう一息がんばるとして
作品の核は見えてきた気がします。
今月で基礎を固めて、余裕をもって本番までどんどん作品に熱を込めていきましょう。
 

2014年8月9日土曜日

あえて葛藤のまま。

8月5日 そよ風ペダル

今日は物語(エピソード)創作ワークとでもいうようなことをしました。
まずは昔話を共有するところから。
ある村にお塩さんという人がいるわけですが
その人は本当はさとさんという名前です。
けれど嫁いだ先でお姑さんから
家が貧乏でそんな甘い名前ではやっていけないから
今日からお塩さんと呼びますと言われてしまい。
それで名前をお塩さんに変えました、というお話。

このお話を参考に、前回までの「私は〇〇したい」などを使ってエピソードを広げます。
元の題材「私は〇〇したい」を決めます。
このあとに本当は・・・・・・・ということで〇〇したくない。
けれど・・・・・・・・・・・ということで〇〇したいと言いましたと繋いでいく。
この「・・・・・・・・というこで」という部分で話を広げることにより
新たなエピソードを掘り起こしていきます。
さらに言うなら元の題材は嘘でも本当でも良いということで考えています。
もし元の題材が本当であれば、そのあとの本当は・・・・・というのが嘘の話になり、元が嘘なら逆に本心がくるか更なる嘘が展開されます。
どこかしらに嘘が入り込みます。
それはつまり物語を創作するということ繋がります。

相反する感情や事実が両立することもありうるわけで。
これを全て本当のことで作り上げることもできるのですが。
物語ということで重要なことは、相反する立場が語られるということです。
つまりはここに葛藤が生まれます。
物語を作るストレートな方法は葛藤を描くことです。
ある目的をもった役柄がそれを阻害する困難に見舞われる。
役柄は困難を解決するために立ち向かい葛藤を経て解決し
そこからまた新たに生まれた困難に立ち向かっていく。
これを繰り返していって役柄は成長し、最も重要な目的を達成する。

実はそよ風ペダルでの物語はこういったストレートなものではないようにも感じます。
葛藤はあるとして、それに立ち向かうであるとか
目的を達成するであるとかを描くことではないと。
葛藤があることを困難ととらえないということでしょうか。
お塩さんと呼ばれて、本当のさとさんという名前を取り戻すために
お姑さんと喧嘩をしてしまったらそよ風ペダルの物語ではないのではないか。
それはそれとしてお塩さんと呼ばれ続けてきたこと、ただそれだけ。
葛藤が変わることなくただそこにあり続ける。
モロモロウロウロしかり、俳優修業しかり、
作品のテーマというか答えというか何かしらが提示され幕が引かれます。
しかし実は葛藤は残っていて、解決はしていなくて
その答えは見ている側に投げかけられているように感じるのです。
お塩さんと呼ばれているということに、みなさんは何を感じるのでしょうか。

あえて不安定なまま。

8月5日 恍惚一座

シーン稽古が始まりました。
まずは前回の通しを振り返って演出からの提案と
とりあえずの出はけを指定しての確認を。
一通り全編の話をして、オープニングの段取り確認から。
オープニングが舞台美術とも関わっていて
それが実現可能なのかスタッフは頭を抱えていたりするのですが。
それはさておき、シーン稽古です。
山口さんは待ちの演出家のように感じます。
段取りや動きや声の出し方を指定していくのではなく
上手くいってないところを浮き彫りにすることと
そのシーンがどう見えているのかを伝えることでとめ
では何をどうするのかの答えは提示しません。
答えがある方が楽でしょう。
しかしその答えを演じようとした時、余計な力みが入ります。
間違っていようと何であろうと、その人自身がのびのびとそこにいないと恍惚一座の作品になりません。
答えのない不安定な状態で突き進むので
見ている方はハラハラしているわけですが、
存外やっているみなさんは泰然自若と稽古されているわけで。
台詞はだいたい覚えたけれど、舞台に立って相手と喋ってみると
なかなかスラスラ出てこないという、そこのことが気になっている段階で。
実は前回のとろっかとろっかの試演会で
台詞が入ればそこからの組み立ては飛躍的に早く進むのを知っているわけで。
来週からは午前中の稽古が終わった後に
休憩をはさんで午後から自主稽古も始まります。
みんなで何度も繰り返し稽古して、まずは台詞に慣れていくこと。
焦らず、しかし集中して創作していきましょう。

2014年7月30日水曜日

個人の話と民俗学。

7月29日 そよ風ペダル
 
先週に続いて芝居したい、したくない、話したい話したくないの発表を。
なんとなく芝居の方は嘘と本当の見分けが比較的つきやすいような印象。
そして、話したい話したくないの方が具体的で私的に関わるものになっているような。
劇団の中での発表になるので芝居についてのコメントは、言い方はおかしいですが真面目な発言になるような。
それに比べて話したいは、程よく曖昧でエピソードの内容の幅も広げられます。
それゆえ私的でありながら嘘かもしれないという面白味が効果的だと感じました。
 
これまでの稽古で口承文学について話し合ってきたわけですが
ある劇団員の方が高槻の昔のお話の本を持ってこられました。
稽古後半はこの本をみんなで共有しました。
能因さんの道とおちたかみなりさん。
画像は読み聞かせのように絵本を読んでいるところ。
能因さんについては以下。
高槻にいたお坊さんで歌人なんですね。
かみなりさんは蓮根の穴の話になるんですね。
蓮の花を見てかみなりさんが落ちるのが
おなごのふくらはぎを見て法力で飛んでいた仙人が落ちるのと似ているとか。
何故にかみなりさんが蓮根の穴と関連づけられたのか。
蓮の花はお釈迦様の台座であるわけで。
なんだか意味深ですね。
民俗学のようでなんだか面白かったです。
民俗学のようなリサーチとみなさん自身からでてくるエピソードへのリサーチと。
この二つが融合してどんな風に創作が進んでいくのでしょう、楽しみです。
 
 
 
 

2014年7月29日火曜日

まずはの通し稽古。

7月29日 恍惚一座
 
シーンを区切ってこれまで立ち稽古をしてきました。
今日は仕上げとしての最初からの通し稽古。
いつもより稽古場が広いので、舞台の実寸をはかって稽古を進めます。
脚本を持ちながらになりますが
できるだけ見ないで思い出しながらだったり
どうであれ相手を見ながらといった視線の演技も入り始めました。
終わったあとに実際の会場をみんなで下見を。
広さや空間の持つ雰囲気を確認します。
来週からはシーンを区切って細かく創作していきます。
集中して作品を飛躍させていきましょう。
 

2014年7月23日水曜日

虚実を交えて、

7月22日 そよ風ペダル
嘘も本当も交えながら、
以下の◯◯に具体的なエピソードを入れた
3~5の文章をみんなの前で発表しましょう。
私は◯◯したいです。
私は◯◯したくないです。
私は◯◯なりたいです。
私は◯◯なりたくないです。
私は◯◯話したいです。
私は◯◯話したくないです。
私は◯◯お芝居をしたいです。
私は◯◯お芝居をしたくないです。
前半4つが終わってのみなさんの傾向。
恋と死に方とお金、旅について、孤独についてのエピソードが目立ちました。
この五つのキーテーマでもう一度
私は◯◯なりたいです。
で虚実交えて文章を作ります。
虚実が混ざっているので
どんな文章を書いたところで問題にならず
自由にエピソードを繰り広げることができます。
例えば事実をもとにして作品にしたとして、
創作が入っているのでそれも虚実ない交ぜです。
であるならば、エピソードをみんなの前で発表するというのは
演じることの原型に思えます。
どうであれ、発表を見ていてハッとして
心が動いた瞬間があったということ。
時間がなくなり後半4つは来週に。
前半より質問自体が少し具体的になっています。
どんなエピソードがでてくるでしょうか。

2014年7月22日火曜日

気持ちより先に。

7月22日 恍惚一座
チラシのあらすじにある通り
今回のお話は図書館が舞台です。
人形たちのお泊まりイベントという設定。
なのでみなさんのお家からイチオシの奴等が大集合。
人形は不思議ですね、みなさんの中で擬人化されている。
大切な出演者たちです。
舞台の構造もつまってきました。


シーン稽古をしながら出はけや立ち位置を確認していきます。
演技に関して、気持ちや感情は作らない。
それよりも一緒に舞台にいるものに対してアンテナをはることに集中する。
立ち位置や動線や段取りはこれから稽古をしていく上で細かく決まっていくでしょう。
しかし役柄の性格や感情は本番まで決めない。
舞台に立ったその時に一本の芯が通るとのこと。
何よりもリラックスしてそこにいられるように。
セリフや段取りがおぼつかないと
その不安で思うような演技ができなくなります。
リラックスして、事前に頭で考えた感情でなく、
今この時に反応しての具体的な動きで創作する。
シーンを一通り立ち位置であたりました。
来週は最初から創作を始めます。

2014年7月16日水曜日

こどもの遊ぶ風景。

7月15日 そよ風ペダル

若者に伝えたいことをテーマに話を進めています。
これまでずっと残ってきたものにはそれだけの力があるのでしょう。
みなさんが知っている民話などの口承文学を発表しようということで先週から話し合っています。
先週は戦争体験の話に焦点が当てられましたが
今日は昔していた遊びについて。

画像はケンケンパの書き方を説明しているところ。
地面に棒で丸や四角を書いて遊んだわけですが、
今はアスファルトになっているわけで。
その代わりに学校からチョークを持ってきたり、
駄菓子屋でろう石を買ったりしていたとのこと。
地面が変わってきたのかという気づきは興味深かったです。
懐かしの遊びの話はたいへん盛り上がりました。
ついついこう遊んだと体が動きだしていく。
その表情にこどもの頃と同じ笑顔がありました。

今のこどもたちの遊びと比べてという話があります。
ゲームばかりしていると。
だからコミュニケーションができないのだと。
本当のところはわかりません。
物質消費社会で成熟社会ということなので
遊び道具には事欠かないのでしょう。
それと同じに色んな事がたくさんあって選択できないとか
そもそもその多くの事をするために忙しすぎて
遊んでいる時間がないであるとか。
環境は変わってきたのでしょう。
それでもこどもは今も昔も変わらないと思います。
生まれたばかりであればなおさらに。
変わったとするなら大人の立ち居振る舞いではないかと。
それ故、こどもの遊ぶ姿も変わったように見えるのでしょう。
本当のところはわかりません。
わかりませんが、そう感じます。

今日の稽古の終わりがけに新たな取り組みがなされました。
来週も引き続くということです。
こちらの模様はまた次回のブログにて。