2017年8月22日火曜日

足上げ族、現る。

8月22日  そよ風ペダル 担当:梶川

新たな稽古法が導入されました。
リラックスした体で舞台にいるために、セリフをしゃべる時に足をあげることにします。
足をあげることに集中して演じることと足を上げることが別物になって逆に体が緊張すると本末転倒ですが。
地に足ついたと言えば良い意味に聞こえますが、実質は根をはってしまって身動き取りづらい体になっていたのでしょう。
強制的に足をあげることによって身軽な体を作ります。
セリフを喋るい時に機械的に足を上げるというよりも、常に足が上がるような身軽な体を維持しておくということが重要なのでしょう。
図らずも身軽な体になったことによって会話のやり取りもスムーズになりました。
そして最後のクライマックスの稽古。
ここは足をあげる必要がありません。
というかこここそは地に根をはっているような体でセリフを発さねばなりません。
この対比が面白いのですね。
だとしてクライマックス以降。
どんな体でいるべきなのか。
作品にとってそのことがとても大切な気がします。

目線を上げて。

8月22日 恍惚一座 担当:梶川

本格的に脚本稽古が始まりました。
新キャラクターお寿司の源六の妻の登場シーンから家族会議終わりまで。
中盤の山場ですね。
果たしてどちらの家族がこの家に住んでいたのか、真相が明らかになります。
なりますがそのことが無効化されて新たな対立が生まれます。
そんなことは脚本レベルで用意されているので、演出や役者のレベルでは別のことをしていく訳です。
いわく立ち位置や動き、声の扱い、読み違いの修正。
脚本に目がいってしまって体が制限された上での演技になっております。
だからこそあえて、テンポが崩れるとしても目線を上げるように意識して稽古しようということに。
できるだけ早く脚本を離したいところです。
実は再来週には音響と照明のスタッフが来ての通し稽古です。
それまでにどこまで覚えられるか。
プロンプいれてできるだけ通しができればと思います。

2017年8月15日火曜日

空白の間から生まれるイメージ。

8月15日 そよ風ペダル 担当:梶川

お盆ですが稽古をしています。
ですが、さすがにお休みの方もいるわけで。
今日は全員が登場する前半シーンではなく、個人パートのシーンをメインで稽古していきました。
全員のシーンは息を合わせて同時に動いたりといったアンサンブルが大切になります。
個人パートシーンは会話主体なのでやりとりのテンポが大切になります。
今日はテンポとともに、空白の間をどう作るかということが課題だったのではないかと感じます。
見ている側にとって、会話が行われている間、何か事が起きている、動いているいる間はそのことを認識することに注意が向かい情報を処理することに必死で想像は広がっていません。
想像力が刺激されるのは、実は空白の間が生まれたときになります。
何かに気づいたり発見したとき人は満足感を感じます。
俗に言うアハ体験ということですかね。
発見を英語で言うとディスカバーといいますが、つまりはカバー(覆い)を取り除くということです。
会話している時や動いている時というのは実はその情報がカバーになっています。
空白の間が訪れた時、カバーが取り除かれて見えてくるもの、イメージがあります。
会話劇が退屈に見えてくる一つの原因はこのカバーをかけられるかどうかにあります。
お客さんがついては来て情報を取り込んではいるが、それを処理まではしきれていないテンポで会話がなされるとカバーがかかっている状態になります。
テンポが悪いということは微妙な間がすでに会話の中に盛り込まれてしまっており、情報の処理まで終わってしまい空白の間が来た時に新たなイメージが生まれることがありません。
だからこそ会話劇においてセリフをしっかり伝えるということが大切になります。
なぜなら、セリフの意味を届けてそちらに注意をそらすことがカバーを作ることにつながるからです。
カバーがあった上で、空白の間で見えてくるイメージというのは、セリフの意味ではありません。
セリフや作品を越えて、お客さんそれぞれの心の奥に隠されている何かです。

今回の登場人物たちもタイムカプセルを見つけようとグラウンドを掘り返しています。
覆いを取り除いて奥に隠れたものを発見しようとしています。
そこにはどんなイメージが広がっているのでしょう。
作品の終盤で覆いは取り除かれます。
そしてその後では確かにセリフを越えたシーンが生まれています。
会話劇としていろいろなおしゃべりをしていますが、つまりはそれはカバーを作っているのでしょう。
会話のテンポというカバーをいかに作るか、稽古していければと思います。

周りの人々と空間の変容によって。

8月15日 恍惚一座 担当:梶川

脚本が完成しました。
先週も完成と書きましたが、最終調整を終えて正式に完成です。
と言いつつ書けば書くほど、稽古すればするほどアイディアが出てきて細かな追加が出てきますが。
今回の書き直しで妹の展開が整理され、不動産屋のエピソード追加およびどう終わるかが追加されました。
となってのケーサツの葛藤の追加をしたくなったと。
前回の時点で主軸の家族たちの物語は書きあがっていまして。
最終調整はその周りをとりまく人物たちの掘り起しでした。
主軸が展開していくのは、周りの人物たちが変化していくことに影響されるとより豊かに物語が展開されます。
なんといっても前回はアイコの誕生日をするという少し都合のよいハッピーエンドを用意しました。
そこは大きく変更して、人間関係を越えて建物としての家そのもの、つまりは空間ということに広がっていることに魅力を感じます。
チラシがそろそろ出来上がります。
キャッチコピーを考えました。

「血が繋がってたら家族ですか?」

疑問を提起しております。
答えは作品を見ていただき、それぞれに決めていただければと思います。
ぜひご来場ください。

2017年8月11日金曜日

関係性を詰めていく

8月10日 WakuWaku 担当 土井
先週の通しを踏まえ、今日は一場面からポイント稽古です。
それぞれの役柄の人格は既に出来つつありますが「関係性」が詰めきれていないので、そこをあらおうと。
それと座り位置・立ち位置と動線を確認していく事に焦点を置きます。

一場面、物思いに浸り出す縁子と、対する田所。初対面という社会性を出し馴れ馴れしくならないように。縁子は物思いに浸りつつも時々は相手に意識を戻します。田所は声のトーンにバラエティをもたせましょう。
自分の世界に入る縁子に対し、田所はマイペースで明るく対応します。台詞の流れを掴み相手から意識をそらさないように。

二場面、今日はスヌーピーさんがお休みなので亜希との場面を先生が演じました。(不良役、恐ろしくはまってますね!)怒っていながらも、キツくは感じない亜希。
続く好美と亜希の場面。
好美のテンポで話しかけていきます。亜希は先輩で優等生の好美を尊敬しています。
竜二と縁子の出会い。
圧力のある竜二を怖がる縁子の、竜二との距離感を出して下さい。

8ページ 貞子、菊江。
貞子がお茶を入れようとしたが「いい」と言われて席に戻るタイミングについて質問がありました。ここでは、乱暴な竜二に対するふたりの感覚の違いが出ます。菊江の驚きに四苦八苦する貞子 。

三場面、11ページ後半より、浩子の台詞はテンポよく被せ気味に。42年ぶりの再会!折角の「イベント」なんだから空気を盛り上げねばならないといった意識もあり、ここは皆ハイテンションです。相手の相槌でテンションを切らないように。
貞子の相槌、「ねー、」は相手の台詞を繋げ助けています。浩子は自分のペースで人を巻き込んでいきます。

4場面 栞と遠藤
栞は間を充分にとって登場した後も、なんども警戒感のある「間」で遠藤と会話します。その間の遠藤の対応ですが、辺りを見過ぎず、なんとか相手を懐柔しようと努力します。
栞は相手の発語を遮り(切り)「めんどくささ」を前面に出す。ここは怒りをぶつけているのではないようです。

「関係性」によってそれぞれの感情がよくわかってきます。
来週17日は稽古はお休みですが、自主練習がありますね!暑いので充分お身体にはお気をつけください。31日にお会いしましょう!


2017年8月9日水曜日

行動が生まれる時。

8月8日 そよ風ペダル担当:梶川

全員集合したということもあり、15分程度で発声を終えて最初から録音しながら読み合わせしました。
体操しないで発声をしたわけですが、最初はぜんぜん声が出ませんでしたね。
少しだけだとしても体を動かすことって大切だと知りましたね。
声の方向性についての発声もしました。
京都のシニア劇団星組の稽古で毎回おこなっているものです。
声の方向性とは、自分への方向(独り言)相手への方向(会話)客席への方向(演説)遠くへの方向(呼びかけ)。
やり終えて、舞台上で相手以外の方向に声をかけた経験があまりないなという感想が出て。
なるほどそれは確かにそうかもしれないと納得しました。
実は俳優修業の時とかにチェーホフのセリフを演説的に扱うということもしていますが、自然体で会話をするということが多いように感じます。
ですし、自然体な会話ができるということがそよ風ペダルの特徴であり、強みなのです。
方向の話をするなら、相手への方向で発声しつつ同時に客席の方向にも声を飛ばす意識を持つということがあります。
しかし両方向を意識するということには、やはりそれなりの負荷がありある種の緊張を体に強いることにもつながります。
なのであれば自然体であることを優先して相手への方向で会話をしていく。
方向ということを知らなければ自ずと無理をせず必要な方向に必要な量だけの声量で声を扱えるのかもしれません。
客席に声を届かせようと無理をするのではなく、いつもの発声練習でもともとの声の出る平均を底上げして、普通に話していても無意識に届く声が出るという訓練をしているのですね。
声の方向の稽古はそよ風ペダルにおいては不必要だったかもしれません。

先週に脚本は完成していましたが、私はお休みしていたのでみなさんの声を通して最後がどうなるかを確認しました。
期待以上でした。
詳しくは言えませんが、読み合わせの段階で心が奮えました。
つまり感動しました。
具体的に言うなら作品の核がこれかもしれない個人的に思うところがあり、舞台構造を変えませんかと筒井さんに提案するという実際の行動が生まれるくらいに心を動かされたのです。
作品の場所の設定が学校のグラウンドという野外ということで、でも会場は室内なので壁の存在を消すために対面舞台ということでした。
しかし最後まで見て、もしかすると大切なのは壁がないことではなく穴を掘っているというその行動ではないかと感じたわけです。
その穴を掘る、それを周りで見て囃し立てているという構図があれば、そこがどこであるかどうかという情報はさして必要ないのではないか。
もしくはその空間が囲われている、外から隠されているということが表現されていることがあるのが美しいのではないか。
などなど稽古中にいろいろなことを考えながら見ていました。
舞台美術はさておいて、終わりのシーンがどんな演出になるのか、「乾かない指はない」、興味が尽きません。

アイデアが生まれる時

8月8日 恍惚一座 担当:梶川

荒いところはありつつも脚本が最後まで書きあがりました。
新しいシーンと古いシーンが入り混じることによって、あるキャラクターの意見がちゃぶ台返しのように変化していったり
まだ少し整理が必要ですが、細かいことはさておき話の流れは決まりました。
福岡公演の時よりもさらに家族について掘り下げていきました。
前回のハウスホールドは祖母が帰省する娘のために誕生日パーティーを準備していてサプライズをしてハッピーエンドという終わりでした。
今回は娘は前もって連絡せずに、誕生日という設定もなくしました。
いろいろ考えましたが、案外ストレートに向き合ってできあがった終わりとなりました。
書きあがってくると、なぜこのアイデアを思いつかなかったのだろうという感じです。

最初から読み合わせををして、上演時間は一時間半くらいになりそうです。
休憩後は山口さんが気になっているところや修正箇所を共有しました。
みなさんからも気になっているところを聞かしてもらい、さらに修正のためのアイデアも出てきました。
台詞覚えは始めつつ、来週には完成脚本を使って創作開始です。