2017年12月12日火曜日

会議劇に挑戦。

2017年12月12日 そよ風ペダル 担当:梶川

再開2回目です。
次回公演の脚本が配布されました。
というのも筒井さんの今後のスケジュールの関係で、春先には脚本を完成させて配役も決めて公演稽古を開始したいと。
となると今から執筆を開始してと、少し焦り気味のようです。
筒井さんからの作品に対してのコメント。
そういうジャンルがあるかはわからないが会議演劇。
前回はテンポの早いやり取りでしたが、今回はゆっくりじっくりとしたやり取りになりそうだと。
まずは登場人物2名のシーン4ページ分。
得られる情報は緊急の何かが起こったようです会議のために集合がかかっている。
この二人は初対面である、気まずい。
配役が決まっていないので、筒井さんから言われたペアでどんどん交代しながら演じていきます。
ペアが演じ終わるごとに筒井さんからの演出が入り、それは続いていくペアに引き継がれていきました。
重いものを持つパフォーマンスや間について。
しばらくは配役を決めず作品のため、または脚本を使っての演技WSとして進めていきます。
どうであれ、大変なことはなにか、なぜ緊急で集まっているのか。
作品の続きがきになるところです。

日常感とコミカル。

2017年12月12日  恍惚一座  担当:梶川

先週の稽古が全シーン途中までだったの続きからムードの確認です。
合わせて演技のニュアン関しても少しづつ話が入っています。
高杉さん演出(演技へのこだわりでもありますが)で重要にされるのがただそこいることではないかと想像します。
今回の脚本も言ってしまえば事件や大きなドラマがあるわけではありません。
日常の会話の中でフッと姿を見せる人の本音や思索、そんなことが魅力なように感じます。
それを日常感とでも名付けるとして、そうだとしても見世物なので見ているが方へのサービスとしコミカルなシーンも用意されています。
コミカルに関してはやりすぎるくらいに自由に思いっきりやったらいいと思います。
稽古でいろいろ試していけばいいなと思います。
やりすぎるとして、難しいのはコミカルしようとすると、そうしようとしていることが見抜かれて大概うまくいかないと。
コミカルにせずやりすぎる。
どうやりすぎるかと言えば真面目で、真剣で、本気であるということ。
はい、やりすぎてください。
として、果たして日常感とコミカルをどう両立させるか。
どちらも演技ですから根底では同じことなのですが。
端から見ていて少し思うのは、やはりいつも通りにテンポと緩急。
独特の言い回しかもしれませんがセリフを持ちすぎている印象です。
相槌が多い作品で、その相槌一つ一つい意味があるわけではなくテンポを出すためにあると。
ならば相槌は捨てるくらいのつもりで。
だけでなく日常会話にはそんな大層な意味なんかはないわけで。
全般的に捨てていく感覚でセリフを発していければと。


2017年12月8日金曜日

公演を終えて

127 WakuWaku 担当 土井
公演から1ヶ月、稽古再開です。
久しぶりに、「人間知恵の輪」、「ビンバンボイ〜ン」で身体を暖め解します。そして「大きな栗の木の下で」をちょっと意地悪な指揮に従ってリレーで歌います。これは、身構えて動くのではなく、指示される変化に素直に対応する訓練です。
身体を暖めた後は、静かに内に篭り、「蜂蜜を体にかける」動きを。蜂蜜が垂れる感覚、ネトネトした甘さなど、十分に感じてみましょう。


そして発声練習へ。身体をポンプにして充分深呼吸した後、ハミングで空気の振動、自分の身体の振動を感じながらハミングから発声へと進みます。周りの人の声も感じて応じます。訓練を積むと空間、ベクトルを意識して声を出せるようになります。

後半は、「『遠くに街がみえる』の公演を終えて」、というテーマで2人ずつフリートーキング。重なる部分もありますが、項目別に記してみました。

本番では・・・
感情が入って台詞が出なくなった。ウケると思うところでウケず、意外なところでウケた。役をもらった時は出来るか不安だったが、やって自信が出た。先生の期待を裏切ったのではないかと、いつになく過ぎたことを悩んだ。敢えて2回同じ台詞を言っているのかどうか観客の捉え方はわからないが非常にウケていた。舞台上で助けあう事で、いい人間関係を作ることが出来た。

稽古を通して・・・
忙しかったが充実した時間だった。充実して楽しかった。稽古時間が少なく不安だった事がキツかった。
自分の事で精一杯で殺気立ち、チームワークが最後までできなかった。自主練で殺気立った。ダメ出しの後もう一度やりたかった。ダメ出しが無い所は非常に悩んだ。

観に来てくれた方から・・・
来年も呼んでほしい、声かけて欲しいと言われた。内容がわかった、面白かったと言われた。いい話だと言われた。鬘をかぶろうと貴方は貴方と言われた。台本を渡されて理解できるまで時間がかかったのに、1回公演を見たお客様は内容をよくわかってくれた。

衣装等・・・
着替えが大変だった。着替える服を上演中に袖から袖にちゃんと移動できるか心配もあった。衣装のためにダイエットしたが、本番(体力が?)落ちすぎた。


そして・・・
(この台本で)他の役もやってみたい。3回とも満足はいかなかったので、もう一回やりたい。詰めて行ってもう一度やりたい。
役は好きになったがある部分消化できなかった。自分より10年下の世代の高校2年生を演じるのは難しかった。
日常と違う役をやりたい。来年はもうちょっと違う自分を見せたい。WakuWakuで進化したい。

「殺気立った」という意見が複数あったので、どうしたら殺気立たずに居られるかを話しあいました。稽古を録音して、先生の言われた事をもう一度ちゃんと聞いてみる。動きの段取りを守る。他の人へのダメ出しを自分にフィールドバックしてみる。等等。


人生いつもこれからです。またスタートできます。生きて行きましょう。『遠くに街がみえる』のテーマのように、また新たに歩んで行きましょう。「もう一回、この芝居をやりたい、違う役でやってみたい、もっと詰めてやってみたい」という感想、とても頼もしく思いました。実現したらいいですね。

2017年12月6日水曜日

脚本と演出。

12月5日 そよ風ペダル 担当:梶川

本番後の一ヶ月のお休みをしての久しぶりの稽古です。
というわけで久しぶりの運動です。
ゆっくり丁寧におこないまいました。
今日は前回公演の振り返りです。
発声の最後にいつも周りの呼吸をはかって一声揃えるわけですが。
一ヶ月のブランクを感じました。
揃わないものですね。
またここからあわせていきましょう。
振り返りは、みなさんが周りの方から言われた感想を共有していきます。
なんとなくの印象で今作は賛否両論だったようですね。
前作と今作を比べて話されることもあったようで、傾向として前作が良かったという方は今作は否定的、前作がイマイチという方は今作が良かったと。
演出家が変わったのという声さえあって。
これはストーリーに重きを置くか演出やパフォーマンスに重きを置くかの違いによるように思います。
これは役者さんと筒井さんとの創作のやり方についての話にも発展していきました。
曰く、もっと役柄のことやお話のことについて稽古中に話し合って作っていきたいと。
これは脚本解釈の話ではないかと。
そよ風の創作は脚本からではなく、演技から、演出から始まるように思うのです。
なので今そこでどんな演技があるのか、つまりはどんな素材があるのかを筒井さんが見て創作の方向が決まっていくのだと思います。
そういう意味ではどんどん筒井さんが志向する創作環境に近づいていっているのでしょう。
演出主体の創作が次回にも続いていきそうです。

2017年12月5日火曜日

気を分ける、気が分かる。

12月5日 恍惚一座 担当:梶川

今日は声のことから。
発声をおこないました。
作らないで声を出すことを知ります。
現代演劇、会話劇においては普段しゃべっているときの声の延長に必要な発声があります。
普段の声のまま広がりのある声、直線的な声、後ろへ向かう声と方向を変えることを味わいます。
声のレパートリーが広がっていくことを目指したいところです。
今日はシーンごとにキャラクターの演技ではなく、全体の流れやテンポについて考察していきます。
つまりは雰囲気づくりです。
雰囲気って何でしょう。
英語ならばムード、漢字に注目するなら雰に気配や気分、周囲という囲みに気。
普段使わない雰と使うけれども概念的で曖昧な気。
辞書で調べるなら以下のように出てきます。
その場やそこにいる人たちが自然に作り出している気分。また、ある人が周囲に感じさせる特別な気分。
気分ですね。
気を分ける。
雰は雨冠に分。
分。
分の八には左右にわけるで刀はわける道具。
分には別々にバラバラにするという意味があると。
気をバラバラにしていくことだと。
気が何かを保留にしたままなので結論は出ないのですが、自分という一つのものをどうバラバラにするかかなとか。
分を使って分かるとなるのも、また興味深いです。
とりとめない話になってしまいましたが、まあシーンのムードを作る稽古をしましたと。
ムードを入り口にしてキャラクターや演技にふみこんでいきましょう。






2017年11月28日火曜日

段取りを決めていく。

11月28日 恍惚一座 担当:梶川

脚本が完成しました。
とても順調に進んでいます。
今日はシーンの中でどう動いてどこに立つか。
自分たちでも練習ができるようにまずは段取りを決めていくわけです。
動きの話なので持ち道具も関わってきます。
電話をとる、上着を着るなどなど。
できるだけ早めに道具も使って稽古したいところです。
というわけで、シーンに出ている人たちで小道具リストなり小道具集めをすることになりました。
立ち稽古をしながら解釈に対して役者から質問があり演出が答えるということで創作が進んでいきました。
芝居の細かなニュアンスは来週からです。

2017年11月21日火曜日

呼吸をしている、立っている。

11月21日 恍惚一座 担当:梶川

脚本がほぼ仕上がりました。
あと2ページほどで完成とのことです。
アップとしてマルチタスクの運動と椅子取りゲームを。
椅子取りゲームは鬼が近くに来るとワタワタしますが、実は遠くにいる間に何をするかが盛り上がる秘訣で。
つまりは俯瞰した状態でゲームに参加すること。
鬼が演劇におけるセリフだとして、セリフを喋っている人がワタワタとしておるわけですが、作品の豊かさを補完するのはセリフがない俯瞰している人がどうシーンに参加するか。
そのようなことも考えながらのアップでした。
ふつうに脚本を読み合わせまして、休憩。
再開後に簡単な演劇史について。
神に捧げる演技から日常を描く人間に向けての演技へという話。
そんなこともありながら先週同様、2幕3幕を全員でテンポを共有しながらの読み合わせです。
事件というか、ストーリーよりも日常的な会話をいかに豊かに表現できるか。
それはいかに人間そのものをそのままに表現できるか。
その足がかりとしてのテンポです。
今回は特に、舞台で生きているかどうかが問われます。
舞台で呼吸し生きる。
そこにただ立つ。
こだわりましょう。